代表挨拶

代表・浅井 隆志の想い


私はロッキード事件のあった1976年に生まれました。渋谷区千駄ヶ谷に生まれ、国立競技場や神宮球場の目の前で幼少期をすごしました。
父は建築に携わる建具職人をしていました。物ごころついた頃から父の仕事を尊敬し、「大人になったら父と同じ仕事をする」事が夢でした。

そんな私が高校を出て、念願の父と同じ仕事に就きました。
しかし私はほどなく交通事故にあい、4回の手術、3年間のリハビリで力仕事をすることができなくなってしまいました。
幼少からの夢に挫折した私は、いつしか”お金だけが人生だ”と勘違いした価値観をもってしまいました。
それからの私は、ふらふらと仕事を転々としていました。

挫折を繰り返して気づけたこと

私が29歳の頃です。母が病になりました。悪性脳腫瘍で余命半年と診断されました。それでも母は懸命に生きていました。
母の姿を見て、私は自分が情けなくなりました。
「自分は人生を一生懸命に生きているのだろうか?」一生懸命に生きるために、きちんと定職に就こうと行動を起こしました。

学歴も社会経験も資格もない私が就職できたのは、歩合率の高い営業職でした。”どうしたら売れるのか”まったくわからずがむしゃらに働きました。
上司からは叱責され、いつしか私は鬱のような状態になり、人生をまた逃げようかと思い始めました。

その時にいつも母の声が聞こえるのです。「一生懸命に生きなさい」と。

独学で本を読み漁り、セミナーに行って学んだり、試行錯誤をいたしました。 その甲斐あって、少しずつではあるものの、着実に売れるようになりました。
集客や組織作りも独学で学び、最終的には会社の営業推進の責任者としてさまざまなことを経験させていただきました。
母にはその姿をみせることはできませんでした。

私は想いました。「自分と同じように、売れないことで悩む営業マンがいるのなら、救ってあげたい」「営業ってもっと楽しいんだよ」と伝えたい。そんな想いで創業をいたしました。

私は今、ビジネスで悩みを持っている人、夢を持っている人の手助けをしたい。その気持ちだけで仕事をしています。

私がお願い営業から脱却して、お客様と友達になれた喜びを伝えたいと思います。 働く喜びを見出してもらいたい。営業と言う素晴らしい仕事に誇りを持ってもらいたい。
だからセールスの学校を学校法人にするまで、私は走り続けます。

私が伝えるべきことはたったひとつのこと。一生懸命に生きる素晴らしさです。

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